Column (4月) 


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2012.4.25 縦割り行政の洗礼  

この2週間あまり、あちこち動き回っている毎日。 本籍地の区役所、母親の住んでいた町の区役所、ぼくの住む町の区役所。 銀行、郵便局、年金事務所と、お役所関係に書類を取りに回っている。 ある区役所で「住民票はどこへ行けば良いですか?」、「ここをまっすぐ行った南館の右です」。 「国民健康保険は?」、「この2階です」とか、一ヶ所で事足りることは無いと分かってはいたけど、まあ役所というのは不親切なところで、面倒臭いことが多い。 国民健康保険の課へ行って番号カードを取って待ち、順番が来たと思ったら「75歳以上は後期高齢者医療保険なので、隣の課です」ときた。 縦割り行政の洗礼を受けている毎日です。

2012.4.23 3週間のブランク

4月1日に出勤して以来、一昨日の21日まで約3週間のブランクが空いてしまっていた似顔絵。 何でもそうだと思うけど、如何に慣れた作業でも、空白期間が長くなればなるほど、思うように進まないようになることは多い。 似顔絵っていうのは、時間をかければ「似てる度」が上がっていくものだけど、短時間という制約の中で緊張感を持ち、たくさんの人を描いていれば、手が自然に動いて相手の特徴であるラインを勝手に描き上げてしまうことを経験することがある。 毎日たくさん似顔絵を描いていれば、神がかり的になって、迷わずにベストなラインを引ける。 なのにブランクが空いてしまうと、まるで素人のように線が決まらない。 土曜日はそんな感じで、普段ひとり約15〜20分で描いているのに、何度も描いては消しの繰り返しで、普段の倍の30分以上かかってしまった。 似顔絵は奥が深いのだ。

2012.4.20 「褒める運動」の効用

昨日の『NEWS ZERO』の特集で、学校や企業で増加しているという「褒める運動」のことを知った。 人を褒めるには、その人のことをよく見ていなければ出来ない。 他人に関心を持ち、そして良いところを見つけて褒めれば、褒められた人は嬉しく感じ、組織の人間関係は良くなっていく。 マザー・テレサが言った「愛の対極は憎しみではなく、無関心である」というように、他人に関心を持つのは愛そのものなんだろうと思う。 この特集を見ていて、反省することがあった。 母を亡くした今、ぼくは家族を褒めることを、どれだけしていただろうか?ということ。 仕事上の相手を褒めることはあるけど、一番身近な家族を褒めることは、かなり少ないと改めて思った。 身近な人ほど忘れがちになってしまうのは、日本人のウィークポイントだ。 出来るだけ意識して改めていこうと思わされたな。

2012.4.19 母が亡くなり、嵐のような1週間

突然、嵐の中に投げ込まれた感じ。 故人を偲んで懐かしむ時間がないほど、いろいろな手続きが押し寄せてくる。 親戚関係の心情的な問題とか、相続の問題とか、それ以外にも諸々の問題が多々出てくる。 初めてのことばかりなのに一本化して頼れる人がいない不安。 動いた後になって「そうじゃないのに」と言うことが多い不毛感。 役所にも書類の書き方を教えてくれるアドバイザーみたいな人はいたけど、細かい内容を聞いてくれる(有料でもいいから)コンシェルジュがいてくれたらとつくづく思った。 人が死ぬということは、後に残った者に大変な負担があるものなんだな。 生前に様々なこと(遺言とか戒名とか)を処理しておくことが良いね。 嵐はまだまだ続きそうです。 

2012.4.09 何十年ぶりの親戚の集まり

うちは親父が死んでから、あまり親戚付き合いをしてこなかった。 ひとり暮らしをするようになって更に、情報の行き来がなくなり、親戚とは縁が遠くなっていた。 だから、親戚の冠婚葬祭に出席したことが、ほとんどない。 去年の暮れ頃、姉のところに、叔父さん(親父の弟)から連絡があり、叔父さんの奥さんが亡くなったことを知らせてくれた。 そして姉経由で、それを知った。 あまりにも音信不通にしていて、随分と義理を欠いてしまったことを悔やんで、去年の年末、姉と2人で叔父さんの家にお邪魔して、お線香をあげてきた。 何十年ぶりかの再会を喜んでくれたのが、ありがたかった。 昨日はその叔母さんの一周忌法要。 お墓のある青山のお寺に行ってきた。 集まった親戚は懐かしい顔ぶれ。 「ああ、この人たちとは血が繋がっているんだなぁ」としみじみ思った。 自分と濃い繋がりがある人々というのは、なんて安心感があるんだろう。 「今までの不義理を何かの形で、お返ししていかないといけないなぁ」と思っている。

2012.4.06 お家騒動いろいろ

今まで親しかった者同士が、考え方の違いで争いになり、別々の道を行くことになることは多い。 離婚やバンドの解散なんて、大概がそれだろう。 みんな1人ひとり考え方が違うから、それは仕方のないことだと思う。 でも、その別れ方が問題だ。 小林幸子のお家騒動は、長年苦労を共にしてきた元社長を、小林幸子の夫が突然解任したと、世間を賑わせている。 「国民新党」の産みの親である亀井静香代表を、他のメンバーが解任したというのも、なんか解せない話。 どちらのケースも、強行手段に出る前にもっと話し合う必要があったんじゃないかな?  話し合う余裕もない程、相手を受け付けない関係になっていたのかも知れない。 突然、相容れない関係になることもあるから、だから人間関係は難しいんだね。 どっちが正しいとかの問題じゃない気がする。 こじれた状態は多分、当事者同士だけでは解決できないと思う。 浅草を離れた時のことを思い出しながら、小林幸子や国民新党の今後の成り行きを見守っている。

2012.4.05 おもしろ言葉ゲーム『OMOJAN』が面白い

基本は麻雀やドンジャラのように、牌やカードの組み合わせの「役」を作るゲームだけど、書かれているのが日本語の単語や文章。 親が「お題」の牌(の日本語)を出し、その牌の前か後ろに手持ちの牌を組み合わせて、新しい言葉を作る趣向。 世の中にない言葉を無理矢理でっち上げながら、ポジティブに弁護して、新しい意味まで創造するところが面白い。 以前、深夜に放送されて、ゲストの三谷幸喜がナイスな発想を披露していて、面白い番組だなぁと感心していた。 これって、企画開発のブレーンストーミングの手法の一つ、「KJ法」と同じ作業だ。 テーマに対してランダムに選ばれた、普通なら全く出会うことのない言葉と言葉を、ムリクリ繋いで新しい発想を産み出す。 こういう作業って大好きなんだよなぁ。

2012.4.04 1年半ぶりの浅草

納得のいかない形で突然離れて以来、なんとなく足が遠退いていた浅草。 新しく取り引きを始めるかも知れない相手と初めて会うために、1年半ぶりに浅草に行ってきた。 昨日の爆弾低気圧の荒天とは打って変わって、ポカポカ陽気の良い天気だった。 桜の花も、まだ蕾の方が多かったのが良かったのか、昨日の強風で散ることもなく健在だった。 約束の時間までに30分以上あったので、東京スカイツリーの近くまで足を伸ばしてみた。 以前は、目の前にある北十間川の片側しか通ることができなかったけど、久々に行ってみると反対側(スカイツリー側)の遊歩道も完成していて、観光客でいっぱいだった。 浅草は、外国からの観光客が増えたような気がするほど、様々な言語が飛び交って、浅草寺周辺や仲見世は活気が戻った感じがしていた。 

2012.4.03 恐怖のクロワッサン

クロワッサンの作り方をご存知でしょうか?  小麦粉をこねて作った生地に、同量のバターやマーガリンをくるんで、何回も何回も折り重ねることで、生地と油の層が練り混まれて出来上がる。 それを焼くことで、パイのようなクロワッサンは出来上がる。 小麦粉と同量のバターやマーガリンが練り混まれているということは、かなりの高カロリーになる訳だ。 テレビで製造工程を見てビックリした。 「あれじゃあ、ほとんど油を食べているようなものだ」 油は人間にとって美味しい味覚の一つ。 砂糖も人間にとっては、魅力的な味わいの一つだ。 油や糖分はなんて魅力的なんだろう?  その油や糖分の誘惑が、人間にとっては厄介な要素になっているらしいのだ。 美味しいものの誘惑は、できるだけ自制していくことが必要なんだと思う。

2012.4.02 先の先を読む癖が止まらない

明日は朝早く起きないといけない時、前日の夜、翌日の朝に食べるものを用意することは普通だと思う。 例えば翌日の朝、なるべく時間をかけないために、カップラーメンを用意する。 更に時間を短縮するため、包装を破ってお湯を注ぐだけという準備をする。 でも、その先まで考えると、もしかしたら想定より遅く起きてしまい、用意したカップラーメンを食べられないことを考えると、包装を解いてしまうのは早計に思われてきて、包装を解くのをやめるという具合。 人と待ち合わせをする時も、必ず30分以上早く行って、近辺を散策する癖がある。 神経質な性格は、嫌われると解っていながら、どうしても先を先を読んで行動する癖がついている。 オモチャ会社の企画開発の仕事をしていた経験が未だに深く焼き付いているようだ。