Column (2月) 


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2012.2.27 方言は絶対的なナショナリズム

「♪でんでら龍ば出てくるばってん…」「撮っとうと?」という仲里依紗のCM。 以前は秋田弁がフランス語風に聞こえるというのだったけど、今回は鹿児島弁(?)になった。 方言のない東京で育ったぼくにとって、関西弁や博多弁や土佐弁のような方言は、憧れを覚えてしまう。 その人たちだけが共有できる、絶対的な仲間意識というかナショナリズムがあるからだろう。 近年の映画やドラマで、地方を舞台にした作品が増えたからかも知れない。 『スゥイングガール』『がんばっていきまっしょい』などが、パッと頭に浮かぶ。 標準語で同じことを言われたより、方言で言われた方が、何故か人間味というか、嘘のない正直なイメージを受ける。 『秘密のケンミンSHOW』を見ていても、日本にはいろんなお国言葉があって、「良いな」と思ってしまう。

2012.2.26 東京マラソンの中継を見ていて

しばらく日曜日に家にいることは少なかった。 今日は久々に日曜日に家にいた。 確定申告も先週末に提出し、あとは来月のHP用の似顔絵を仕上げることが当面の課題。 今日は「東京マラソン」の日。 昼前に目覚めたら、東京マラソンがスタートして1時間が経っていた。 本格的に起き出してテレビの中継を見ていた。 中学、高校時代を新宿の早稲田で暮らし、高校は水道橋。 あの辺りは自転車で走り回った場所だ。 大森海岸の会社に勤めたこともあり、品川辺りも自転車で走ったことがある。 3年前まではお台場に自転車で通っていて、東雲から有明の辺りは通勤コースだった。 一昨年の1年間は浅草に自転車で通っていたこともあり、雷門前から見る東京スカイツリーも馴染み深いルート。 奇しくも東京マラソンのコースは、ぼくの自転車テリトリーに縁がある風景ばかり。 テレビの中継を見ていて、かなり感慨深かった。 どのルートも、走ったことのある景色、懐かしい気持ちだった。 テレビの中継を見ていたら、あの集団の中に参加して、沿道の応援を受けてみたくなってしまった。 来年は東京マラソンにエントリーしてみようかな?

2012.2.23 初めての「日本酒の水割り」

お酒は毎日飲んでいる。 風呂上がりにビールを飲んでから、ウイスキーか焼酎の水割りを飲むのが毎日の習慣。 昨日はビールからではなく、焼酎の水割りから始めようと、グラスに半分の水を注ぎ、紙パックの芋焼酎を注いで、芋焼酎の水割りを作ったつもりだった。 普段はお酒を注いでから水を注ぐんだけど、昨日は水を注いでからお酒を注いだ。 注ぎ終わってから気が付いた。 芋焼酎だと思っていた紙パックは、日本酒の紙パックだった。 日本酒を水割りにしてしまったのだ。 「えっ!?日本酒を水割りにしてしまった?」と、嫌悪感が襲った。 捨てて新しく芋焼酎の水割りを作ろうかと思ったけど、勿体ないので試しに飲んでみた。 軽い柔らかい感じの、甘酒に近い日本酒になっていて、意外に悪くないと思った。 これはこれで、ある種のカクテルかも知れない。 新しい感覚に、ちょっとした新発見を感じた。 日本酒が苦手という人には案外、好まれるかも知れないな。 固定概念にとらわれないで、何でも試してみるべきなんだな。

2012.2.21 万引きと飲酒運転

65歳以上の万引きが年々増えていると、今日の『スーパーニュース』の特集で言っていた。 買うお金がない訳じゃない人ばかりが、僅かな金額の食品に手を出す。 高齢化社会と関係があるんだろうか?   関係があるとしたら、今後も右肩上がりに増えていくんだろう。 別のニュースで、自宅で餓死したと思われる高齢の親子が発見されたという。 今の時代に餓死なんて、想像もつかない感じだ。 方や、お金があるのに万引きをする人、方や水だけの生活の末に餓死してしまう人。 モラルに対する考え方は千差万別だ。 エキストラの現場では様々な年齢の人が集まるけど、常識的だとされる高齢者の方が、モラルの低下を感じることが多くなった気がする。 昔は万引きと言ったら、子供の悪さだったはず。 「人のものを盗ってはいけません」「(お酒を)飲んだら(車を運転)乗るな」は当たり前だった。 飲酒運転をする人の感覚も理解できない。 お酒を飲んだ後に車を運転するなんて、完全なモラルの低下だ。 万引きも飲酒運転も、もっと処罰を厳しくしたらいいと思うな。

2012.2.18 嫌な夢を見た

どこかの観光地の広場のような場所。 パラソルのついにテーブルで似顔絵を描いている。 年配の上品そうな女性の2人組が席に座った。 「化粧直してこようかしら」とか「あなたが先に描いてもらいなさいよ」と、互いに順番を譲り合っている。 それがなかなか終わらない。 結構な時間が経っている。面倒臭くなったので「では、こちらの方から」と描き始めたら、「この皺は描くな」とか「あれは描くな」とか、細かな注文のオンパレード。 それじゃ似顔絵じゃなくなっちゃうよと思いながら描き続ける。 そこに2人組の仲間の集団が通りかかると、最初の2人が着いていってしまう。 似顔絵はまだ下描きも終わっていない。 すると今度は3歳くらいの女の子を抱いた30歳代半ばくらいの男性が「予約はできないのか?」と訊いてきた。 「予約はやっていません。並んでいただいた順に描いています」と説明するんだけど、なかなか聞き入れてくれない。 予約時間に遅れてきたり、来なかったりすると、営業的にダメージとなるので、予約を不可にしている。 ここでも、かなりの時間が過ぎた。 似顔絵も「1人あたり約15分くらいで描けます」と謳っているけど、JRのように15分ピッタリには描き終わらない。 結局、夢の中では収入を得られなかった。 ガックリだ。

2012.2.15 約1年ぶりのエキストラ

最後にエキストラ出演したのは、2010年11月30日のSoft BankのCM(地球に近づく隕石を巨大扇風機で跳ね返すという内容)だったから、1年2ヶ月以上ぶりの撮影を昨日してきた。 考えると去年1年間は、何も出演しなかったんだな。 昨日はバレンタインデー。 主演の女優さんが、手作りのチョコレートケーキを持参して、スタッフひとりひとりに食べさせていた。 『踊る大捜査線3』の時もバレンタインデーだったな。 エキストラの必要なシーンというのは、ある程度限られてくるもので、冠婚葬祭の集まりだとか各種パーティー、ライブやスポーツなどの観客。 または事件現場の野次馬や記者会見の報道陣などのシーンが多い。 ぼくの場合、報道陣の役が多い。 『SP』の時もSoft Bankの時も報道陣役だった。 昨日も報道陣の役でスチールカメラマンの設定だった。 詳しいことは今は書けないけど、映画が公開される頃になったら、書ける範囲で感想などを紹介しようと思います。

2012.2.13 何故? 赤西に甘いジャニーズ事務所

芸能界も変わったなぁ。 赤西仁と黒木メイサの電撃結婚は、「えっ!?」という驚きだった。 別にどちらにも興味はないんだけど、なんか素直に祝えない気持ちがある。 黒木メイサは恋愛や結婚より、仕事の方がウエイトが高い人だと思っていたから、意外だったのかも知れない。 それにしてもジャニーズ事務所は、なんであんなに赤西を特別に扱うんだろう?  KAT-TUN時代に突然彼ひとり語学留学したかと思えば、数年(?)で戻ってきて再度KAT-TUNに合流した時、他のメンバーの懐の大きさを感じたことがあった。 KAT-TUN再活動もそこそこに、またもや彼のソロ活動の決定。 しかも海外進出だと言う。 ジャニーズ事務所は、彼に何か弱みを握られているんじゃないか?  そんな勘繰りさえしてしまう。 そして今回の電撃結婚も、社長のジャニーさんすら知らない報道だったとのこと。 芸能人として社会人として、彼のモラルが問われる。 最近、菊地桃子夫婦や宅麻伸&賀来千香子夫婦の離婚が報道されたけど、赤西&黒木の結婚も長続きしそうもない気がしてならない。 特に黒木メイサにとっては、マイナスな気がするんだな。

2012.2.10 ぼくにとって「酢」は不可欠な食材

家には、手作りの「甘酢」が常備してある。 夏場は水や炭酸で割って飲んでいた。 これが結構、どんな料理にも隠し味として重宝する。 カレーにはチャツネの代わりに、中華ならコク出しに良い。 穀物酢に氷砂糖を漬け込んで、2週間かけて溶かしたものなので、甘酸っぱい餡掛けなんかも、手軽にパッと作れてしまう。 つい先日の夜、お酒を飲んでいて小腹がすいた時、「ワカメのマヨネーズ和え」を作った際も役立った。 「ふえるワカメ」をお湯で戻し、塩コショーで下味をつけ、そこにケチャップ、マヨネーズを同量入れて混ぜ、最後に手作り甘酢を加えて出来上がり。 マヨネーズだけだと淡白だし、甘酢だけだと酸っぱさが尖ってしまいがち。 だけどマヨネーズと甘酢とケチャップを加えることで、まったりと甘酸っぱくなって、良いおつまみになります。 唐揚げとか揚げ物と一緒に食べても、さっぱり食べられて美味しいです。 ぼくにとって酢は、不可欠な食材になっている。

2012.2.07 誰かのためになる幸せ

「生きてるだけで丸儲け」という考え方がある。 親の思いだ。 どんなに辛いこと悲しいことがあっても、自ら命を断つことなく生き続けていれば、いずれ良いことだってあるだろうし、生きていてくれるだけで、親や家族には欠けがいのない存在なんだという考え。 でも、全てに落胆してしまった時に、何もしたくない気持ちで、ただ1日をダラダラ過ごしたり、独り部屋に引き籠ってゲームやネットに依存して過ごしたりする生き方には、本人自身が「生きてるだけで良いのか?」と気付き、悩むことがあると思う。 人は「死なないためだけに生きる」ことは、少なからず苦痛なんだと信じたい。 人は、誰かの役に立っていると感じれることが、自分の存在意義を確認できる瞬間なんじゃないんだろうか?  「誰かの為になっている」「誰かを笑顔にできた」と感じる行為を探し出せて、それで収入を得られれば本当に幸せなことだと思う。 そういう意味では、ぼくは幸せなんだなぁと思う。

2012.2.03 ネーミングの好み

オモチャ会社時代にいろいろと商品のネーミングについて学んだ。 一般的な大衆向けには、「P」「G」「K」とかの刺激的な音で始まるネーミングが効果的。 「グリコ」とか「ピノ」とか、「ポッキー」とか「キットカット」とか、歯切れの良い音のネーミングが好まれる傾向がある。 映画やドラマや小説の題名なら、『HERO』とか『エンジン』とかの単語ではなく、「○○な××」とか「○○の××」のようになっていることが望ましい気がする。 ぼくの個人的な好みで言うと、「○○」は漢字で「××」はカタカナであることが理想的に思う。 漢字とカタカナの組合せは、ロゴタイプにした時の文字のバランスが良い気がするんだな。 過去のドラマのタイトルで、お気に入りなのは『東京ラブストーリー』『不機嫌なジーン』。 小説なら『重力ピエロ』『終末のフール』。 漢字とカタカナは逆転していても良くて、『ローマの休日』なども良いと思うんだな。

2012.2.02 何故だろう? 昔から「死」に強い興味がある

別に自殺を考えたことがあるとか、そんな深刻なことがあったわけではないけど、何故か「死」というものが興味深くて仕方なかった。 立花隆の『臨死体験』とかE・キューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』とか、何故だか「死」を考えさせられてきた気がする。 『病院で死ぬということ』とか『死因事典』なんて本も読んだ。 医療の最終段階の一つの選択肢である、ターミナルケアの「ホスピス」にも関心があって、いろいろ読んだことがある。 映画でも『おくりびと』は興味深く観た。 今期の連ドラの中でも『最高の人生の終り方』は、どうしても関心が起こってしまう。 生まれてきた人間は、必ず死ぬ運命を担っている。 「液体・固体・気体」「海・陸・空」という概念で人間を当て嵌めると、「胎内=海、液体」「人生=陸、固体」「死=空、気体」という結論に至るとい、一つの発想。 とするなら「死」というのは、人間にっての最終段階なんじゃないかと思うんだな。 ただ、固体であり陸の世界で満足を得ない限り、次の世界での充実はないのかも知れない。 肉体を持った、この人生での満足しか、次の「死後の世界」での満足はないのかも知れない。

2012.2.01 要らない物の処理について

キムタク主演のドラマ『南極大陸』は、映画に近い力の入れ方で作られた作品だった。 戦後の時代に、未開の地である南極大陸に行き、様々な困難を乗り越えた記録は、ドラマとして見応えがあったと思う。 ただ、こういう初の事業の裏には、意外に知られていない問題も起こっている。 日本に限らず、初の南極大陸調査に参加した各国の調査隊の残したゴミが、当時ままの状態で残っているという事実。 それを処理に行くにも莫大な予算がかかるので、どの国も放置している。 原発などで出た不要燃料の処理の問題も難しい。 何十年、何百年という期間、汚染の原因を伴う放射能廃棄物を、どう処理するべきかという課題は、簡単にはいかないことなんだろう。 地球上で廃棄が難しいなら、宇宙の他の星に廃棄するしかないんじゃないかな。 コストはかかるにしても、地球上に廃棄するリスクよりは、建設的な気がするんだけどな。 でも、今年の日本海側の大雪の処理は、雪降ろしと積雪のいたちごっこで、どうすれば良いんだろうね。 全国の失業者を集めて、通常よりは安い賃金で作業してもらったらどうだろう? 雪と一緒で、問題も積もっていく。